こんにちは!
自由な人生をつくるカウンセラー
愛川なつみです。
私はこれまで、数えきれないほどの負の感情と
向き合ってきました。
淋しい、くやしい、許せない・・。
そしていつも自分の気持ちを伝えられずに
孤独で苦しい時間を過ごしてきました。
「どうして私はこんな人間なんだろう・・・」
自分を嫌いになってしまう、
そんな悲しい瞬間を何度も通ってきたように思います。
いまこのページを読んでくださっているあなたもきっと、
思い出すだけで暗い気持ちになるような、
そんなつらい瞬間を経験してきたのではないでしょうか。
生きづらくて人生がつまらない・・けど、
このまま終わりたくない!
どうしていいか分からなかった私を救ってくれたのは
あるカウンセラーさんでした。
40年以上苦しんできた孤独と失敗の数々。
そしてそこから抜け出すまでの経緯をプロフィールとして記しました。
お時間ありましたらぜひお読みください。
中見出し
●強がりで乗りこえた、孤独な幼少期
私は7歳上の姉がいる末っ子として生まれました。
いとこもみんな姉より年上だったので、
年の離れた私は遊びについていけず、ひとり残ることがほとんどでした。
幼いながらに、なんだか仲間外れのような淋しさを感じていました。
そして、物心つく前から両親はギャンブル依存の状態でした。
私たち姉妹はいつも、何時間も車の中で待っていました。
姉が中学生になると別行動になったので、私は5歳からひとりで留守番することになり、
お腹が空いたら家にあるお菓子を食べ、遅くまでテレビを見て過ごしました。
近所の人が心配して見に来てくれたこともありましたが、
「ひとりで留守番するのが好きなの。」などとかっこつけて言ってしまいます。
両親はいつも日付が変わるころまで遊んでいましたが、
たまに少しだけ早く帰ってくることがありました。
私はうれしくて急いで玄関の鍵をあけて出迎えるのですが、
そんな日の両親はいつも不機嫌で、「(ギャンブルに)負けたのはお前のせいだ!」とお互いを攻撃して口喧嘩をしていました。
●理不尽で暴力的な叱責、消えない恐怖の記憶
小学5年生の時、学校で強い恐怖を感じる出来事がありました。
大柄な男性教師に人目につかないところへ呼び出され、激しく怒鳴られ、物を投げつけられてしまいました。
私は恐怖で体が動かず声も出せませんでした。いわゆるフリーズ反応です。
理不尽に浴びせられた数多くの罵声の中に
「おまえなんか社会に出ても通用しない!」 「どこの会社に行ってもクビだ!」
というものがありました。
10歳の私は未来の自分も否定され、その言葉を真に受けてしまいました。
その後、あの先生の鬼のような顔を何度も何度も思い出しては、
息が苦しくなる感覚に襲われます。
「あの先生はかんしゃく持ちで、私は悪くないんだ!」と懸命に自分に言い聞かせます。
悪いことは何一つしていません。
しかし、もしかしたら、先生をあそこまで怒らせるほど自分が何か悪いことをしたのかもしれない・・などと、ふと頭によぎってしまうこともあるのです。
●居場所を求めて傷つき、孤独を抱えた高校時代
高校ではなかなか友達ができず、休み時間は一人で過ごすことが増えました。
まわりを見渡すと、みんなそれぞれの友達ととっても楽しそうにおしゃべりしています。
ひとりだけはみ出している自分が恥ずかしくて、どうしようもない気持ちでした。
居場所を求めて不良グループに入ったこともありましたが、長くは続きませんでした。
不良グループのリーダーに服従しない私は、攻撃の的となってしまったのです。
ナイフを向けられて怖がっている私を笑いものにしたり、
教室の壁に名指しで死ねと書かれたりもしました。
少し前まで「友達ができた」と思っていたのに、あっという間に敵になってしまいました。
「私は誰とも仲良くなれないんだ・・」
みじめで悲しい気持ちです。
しかし、それでも私は平気な顔をしていました。
どんなに嫌なことがあっても、気にしていないフリをしてしまうのです。
もちろん、親や先生に相談しようなど、思いつきもしませんでした。
●<この段落は削除するか検討中>
私は高校卒業後に学びたいことがあって、いくつかの学校の資料を取り寄せては熟読していました。
どのコースに入ってどんな職業につくか、想像するだけでワクワクします。
進路相談の時期になり、親に進学したいと伝えました。
すると、「そんなお金ないから無理だよ。」と、あっさり断られてしまいました。
小さい頃から夢を口にするたび否定されていたので、いつも通りの感覚ではありました。
ショックではあったけど、嫌な気持ちになっても平気なフリができる私は、そこでもまた涼しい顔をして諦めてしまいます。
●職場環境と人間関係に疲弊した日々
就職氷河期に新卒で入った会社はかなりのブラック企業で、
体を壊して3年で辞めてしまいました。
その後は派遣社員としていくつかの職場に勤めましたが、その中で苦手な人と出会いました。
いつも不機嫌で、話しかけても顔をこちらに向けない人。
それだけでもかなり気分が悪いのに、こういった振る舞いは私と2人だけのときだけで、他の人がいるとニコニコして別人になります。
「どうして私にだけこんな態度なの?!」と怒りがこみ上げます。
私の成果を横取りする人もいました。上司の前でまるで自分がやったように話すのです。
そういう人に限って、目に見えない裏側の仕事はしません。
要領よく上司に気に入られるその人を見て、「ずる賢くて大っ嫌い!」と頭に血がのぼります。
環境になじめないこともありました。
小規模な事務所の中で、いつも大きな声でせわしなく会話をする人たちがいました。
動作も乱暴で、大きな物音にいつもビクッとしてしまいます。
席で歯磨きをする人がいたり、私物を事務所のあちこちに置きっぱなしにする人がいたりと、まったくルールのない環境でした。
私は仕事に集中できず、業務が立て込んでいるとかなりイライラしました。
1度だけ勇気を出して「事務所のルールを作りましょう」と提案してみましたが、上司も同僚もとりあってはくれませんでした。
私は職場での嫌な出来事を家に帰ってからも、入浴中も寝る前も、何度も何度も頭の中でくり返し考えては、恨みをつのらせていくのです。
●体に異変が現れ、10回も引越しをすることに
一人暮らしのアパートでは、隣室の物音が気になって仕方がないことがありました。
耳栓をして眠ろうとしても、こんどは耳栓の着け心地が気になってなかなか寝つけません。
イライラと寝不足が蓄積し、物音が聞こえると動悸がするようになってしまいました。
医療機関で検査をすると不整脈が見つかり、精密検査をすることに。
寝不足やストレスからくる自律神経の乱れが原因だろうということでした。
それから私は、騒音など耐えられないことがあるたびに引っ越すことにしました。
結果、10回も引っ越しをしてしまいました。
かなり痛い出費でしたが、健康を害してしまう苦しみには変えられません。
まわりからは「神経質だね」と苦笑いされていました。
●うまくいかない現実の中で、生きる意味が分からない
派遣社員は3か月に1度、仕事が継続されるか終了かの面談がありました。
一生懸命勤めていても、ある日突然に契約終了を告げられるときがあります。
「あなたに原因はないですよ。会社の業務量減少が理由です。」と説明を受けても、やっぱりショックです。
また仕事を探さなくてはならない焦りと、慣れた仕事を離れるやりきれない思いです。
仕事も人間関係もうまくいかない日々を過ごしていると、私は何のために生きてるのか分からなくなりました。
たびたび変わる仕事に本気で取り組むことができなかったし、
街中で楽しそうにデートをしているカップルを見ると孤独感が強まりました。
夜の布団の中で、「私は誰にも必要とされていないんだな・・・。」と思うと、悲しくて涙があふれます。
「こんなに生きづらいなら、生まれてこなきゃよかった。」
●幸せな結婚生活!のはずが、適応できない苦しみ
37歳のときパートナーと出会いました。
やっと孤独から抜け出せる!幸せな結婚生活がスタート!と嬉しい気持ちもつかのま、
ここでもまた環境に適応できなくなってしまいます。
生活を相手に合わせて、主婦の役割を完璧にやろうとしすぎて余裕がなくなり、また心身に異変が出るようになってしまいました。
不眠に悩まされ、毎朝の発熱やめまい。腕や足には大量の湿疹が現れいくつもの病院で受診しましたが、原因は不明でした。
不調と戦いながら家事をしているうちに、いつしかまた、頭の中は不平不満であふれかえってしまいます。
感情のコントロールがきかなくなり、物に当たってしまうことも何度もありました。
「私ばかりやる事が多くて不公平だ!」
「私ばかり我慢している!!」・・・。
●心理学との出会い、でも現実は変わらなかった
ある日本屋で、「HSP(繊細さん)」について書かれた心理学の本をふと手に取りました。
その本には私が長い間悩んできたことがそっくりそのまま書かれているようで、大きな衝撃を受けました。
私だけだと思っていたことがそうではなく、解説と対策まで書いてありました。
「心理学ってすごい!もしかしたらこの生きづらさも解決できるかもしれない・・・!」
希望を抱きながら何冊も本を読みました。
でも、現実は変わりませんでした。
あいかわらず職場の嫌な人や苦手な環境にたえる毎日。疲労とストレスがたまる共同生活。
そして、不満ばかり考えてしまう自分への自己嫌悪。
「どうしてだろう・・」
HSP気質についてかなり知ることができた。でも、現実は変わらない。
●カウンセラーを頼ってみたら、驚く変化が始まった!
私は思い切ってカウンセリングに行ってみました。
今の気持ち、自分の嫌なところ、直したいと思っても直せないこと・・
私は涙をボロボロ流しながら一生懸命話しました。
そしてそこでカウンセラーさんから教わったことは、「自分を尊重してこなかった自分に謝る」ということでした。
帰りの電車の中で、教わった言葉を繰り返してみます。
「つらいのは自分なのに、自分が謝るの?」なんだか府に落ちません。
でもあきらかに、これまでとは違った何かが心にありました。
「自分で自分を粗末にしてきたことに気づくってこと??」
それから私は、自分の中の内なる子供(インナーチャイルド)を癒すことに取り組みました。
少しずつでしたが、何度もトライしていくうちに驚くほど変化していきました。
長い間自分を苦しめていた記憶(トラウマ)が分かり、
それを手放すことでどんどん気持ちが軽くなっていったのです。
前向きな心を取り戻していった私は、さらに心理療法の学びを深めていきました。
そしていつからか、
「いつも何かしらに縛られていた、不自由でつらい人生」は過去のものとなり、
「人生は私のもので、私の自由なんだ!」と心から実感できるようになりました。
この実感を手に入れてからは、
不要なものは手放すことができるようになり、
誰かのせいで不幸になることがなくなりました。
現実が変わったのです。
私の使命、未来
まじめな人、優しい人が
損をしない世の中になればいいと本気で思っています。
そのためには、繊細な気質を持っていたり、
何らかの要因で心にフタをせざるを得なかった私たちが、
自分らしく楽しく生きていく方法を知ることが大切です。
私のように苦しんでいる人はいませんか?
ひとりで何度も何度も考えて、
つらい思いを抱えたままではないでしょうか。
人それぞれ、いろいろな環境や嫌な経験があります。
でも、それに縛られて、せっかくの自分の人生をつらいままにしてはもったいないです。
あなたのペースでかまいません。
うまく話せなくても、どんなささいな悩みでも、まったく問題ありません。
1度、私に話してみてもらえませんか?