こんにちは!
自由な人生をつくるカウンセラー
愛川なつみです。
イライラと落ち込みから抜け出せない
孤独と自己否定を繰り返している…
そんな方へ向けてカウンセリングを行っています。

私はこれまで、数えきれないほどの負の感情と向き合ってきました。
淋しい、くやしい、許せない・・。
そしていつも、
自分の気持ちを伝えられずに
孤独で苦しい時間を過ごしてきました。
親、先生、友達、職場の人。
自分の性格。
いつだって何かが、私の人生に制限をかけていました。
「どうして私はこんな人生なんだろう・・・」
自分を嫌いになってしまう、
そんな悲しい瞬間を何度も通ってきたように思います。
生きづらくて人生がつまらない・・けど、
このまま終わりたくない!
どうしていいか分からなかった私を救ってくれたのは、あるカウンセリングでした。
いまこのページを読んでくださっているあなたもきっと、
思い出すだけで暗い気持ちになるような、
そんなつらい場面を経験しているのではないでしょうか。
40年以上苦しんできた孤独と失敗の数々。
そしてそこから抜け出すまでの経緯をプロフィールとして記しました。
お時間ありましたらぜひお読みください。
ギャンブル依存の両親
真夜中にひとりで震える幼少期

私は7歳上の姉がいる末っ子として生まれました。
いとこもみんな姉より年上だったので、年の離れた私は遊びについていけず、ひとり残ることがほとんどでした。
そして、物心つく前から両親はギャンブル依存の状態でした。
私たち姉妹はいつも、車の中で何時間も待っていました。
姉が中学生になると別行動になったので、私は5歳からひとりで留守番することになりました。
近所の人が心配して見に来てくれたこともありましたが、「留守番が好きなの」と強がって言ってしまいます。
両親はたまに早く帰ってくる日もありましたが、そんな日は決まって不機嫌で、「(ギャンブルに)負けたのはお前のせいだ!」と言い争ってばかりでした。
幼い私は何も言えずに、留守番を受け入れるしかありませんでした。
淋しさや疎外感を感じていましたが、それを伝えることはできませんでした。
暴力的な恐怖体験
大人は敵だと信じ込んだ小学生時代

小学5年生の時、大柄な男性教師に人目につかないところへ呼び出され、激しく怒鳴られ、物を投げつけられるという出来事がありました。
私は恐怖で体が動かず、声も出せず、ただただ震える体で立ちすくんでいました。
浴びせられた数多くの罵声の中に「おまえなんか社会に出ても通用しない!」「どこの会社に行ってもクビだ!」というものがありました。
10歳の私はその言葉を真に受けてしまいます。
男性教師の鬼のような顔を思い出すたびに、「私は社会で通用しない。そして、先生はあんなに怒り狂うほど私に腹を立てたんだ。」と何度もショックを味わってしまいます。
この出来事をきっかけに、「大人に頼らないほうがいい。気にさわることをすれば傷つけられる。」と強く刻まれ、その後は心を閉ざしていきました。
居場所が見つからない
みじめな高校時代
高校ではなかなか友達ができず、休み時間は一人で過ごすことが増えました。
まわりを見渡すと、みんなそれぞれ友達同士でとても楽しそうにおしゃべりしています。
ひとりだけはみ出している自分が恥ずかしくて、毎日どうしようもない気持ちでした。

居場所を求めて不良グループに入ったこともありましたが、リーダーに服従しなかった私は仲間外れになり、のちに攻撃の的となってしまいました。
ナイフを向けられて怖がると笑いものにされたり、教室の壁に名指しで死ねと書かれたりもしました。
少し前まで友達になれたと思っていたのに、あっという間に敵になってしまったのです。
「私は誰とも仲良くなれないんだ・・」
みじめで悲しい気持ちです。
しかし、それでも私は平気な顔をしていました。
どんなに嫌なことがあっても、気にしていないフリをする癖がついてしまったのです。
もちろん、親や先生に相談しようなど、思いつきもしませんでした。
他人に振りまわされてばかり
なにも楽しくない社会人
高校卒業後は学びたい分野がありましたが、母から「進学するお金はないから働いてね」と、あっさり言われてしまいました。
何を学びたいのかも聞かれずショックでしたが、私はまた平気なフリをして、すぐに諦めてしまいました。
振り返れば、小さい頃から夢を口にするたび否定されてきたので、諦めることに慣れていたのだと思います。
就職氷河期に入った会社はかなりのブラック企業で、体を壊して3年で辞めてしまいました。
その後は派遣社員としていくつかの職場に勤めましたが、その中で苦手な人がたくさんいました。

例えば、いつも不機嫌で、話しかけても顔をこちらに向けない人。
それだけでもかなり気分が悪いのに、こういった態度は私と2人のときだけ。他の人がいるとニコニコして別人になります。
「人によって態度を変えるなんて最低!」と怒りがこみ上げます。
私の成果を横取りする人もいました。
上司の前でまるで自分がやったように話すのです。
そういう人に限って、目に見えない裏側の仕事はしません。
要領よく上司に気に入られるその人を見て、「ずる賢くて大っ嫌い!」と頭に血がのぼります。
環境になじめないこともありました。
小規模な事務所の中で、いつも大きな声でせわしなく会話をする人たちがいました。
動作も乱暴で、大きな物音にいつもビクッとしてしまいます。
席で歯磨きをする人がいたり、私物を事務所のあちこちに置きっぱなしにする人がいたりと、まったくルールがない環境でした。
私は仕事に集中できず、責任のある業務も次々と重なり、怒りが爆発しそうでした。
1度だけ「ルールを作りましょう」と提案してみましたが、上司も同僚もまともにとりあってくれませんでした。
私は職場での嫌な出来事を、家に帰ってからも、入浴中も寝る前も、何度も何度もくり返し考えてしまいます。
睡眠時間は短くなり、朝起きた瞬間から疲れています。
体調がすぐれない日が続き、私はどんどん嫌な人への恨みをつのらせていくのです。
心理学と出会って希望が持てた!
でも、現実は変わらなかった
ある日、本屋さんで「HSP」について書かれた心理学の本をふと手に取りました。
その本には、私が長い間悩んできたことがいくつも書かれていて、大きな衝撃を受けました。
「心理学ってすごい!もしかしたら悩みを解決できるかもしれない!」
希望を抱きながら、本を何冊も読みました。
心理学を勉強すれば、私の人生も良くなると期待しました。

でも、現実は変わりませんでした。
あいかわらず嫌な人に振りまわされ、苦手な環境の中で毎日ヘトヘトに疲れます。
頭の中は嫌なことへの不満でいっぱいです。
「私は変われないの? 私の何がいけないの?」
本に書かれていることをいくつも実践しているのに、目の前の嫌なことはずっと同じです。
何もうまく行かない毎日
生きる意味が分からない
派遣社員は仕事が継続するか終了するか、定期的に面談がありました。
一生懸命勤めていても、ある日突然に契約終了を告げられるときがあります。
業務量の都合だと説明されてもやっぱりショックで、また仕事を探さなくてはならない焦りと、慣れた仕事を離れるやりきれない思いがします。
仕事も人間関係もうまくいかない日々を過ごしていると、私は何のために生きてるのか分からなくなりました。
たびたび変わる仕事に本気で取り組めなかったし、休日に楽しそうにデートをしているカップルを見かけると孤独感が強まりました。
夜の布団の中で、「私は誰にも必要とされていないんだ。」と思うと、悲しくて涙がどんどんあふれます。
「こんなに生きづらいなら、生まれてこなきゃよかった。」
幸せな結婚生活!のはずが
体も心も最低になった
37歳のときパートナーと出会いました。
私は「やっと孤独から抜け出せる!新しい生活が始まるんだ!」と、今までの苦しみを清算できるかのような気持ちで、わくわくしていました。
しかし、ここでもまた体調を崩してしまいます。
不眠に悩まされ、頻繁に熱が出るようになってしまいました。
お店やバスの中でめまいがして動けなくなったり、腕や脚には大量の湿疹が現れたり。
いくつもの病院で検査しましたが原因は不明でした。
初めての主婦業に戸惑いながら、毎日の生活で強いストレスを感じていたのだと思います。
例えば、引っ越しをした直後のことです。
まだ荷ほどきが山のように残っていて、私は片づけに追われていました。
そんな中ふとリビングを見ると、夫は横になってテレビを見ていたのです。
腹が立って頭に血がのぼりますが、文句を言ったら空気が悪くなるだけです。
「こんな無神経な人と結婚した私が悪い」と、自分のせいにするしかありませんでした。
毎日繰り返される食事の支度、終わりのない掃除。
パート勤務をしながら家計のやりくりも一人で抱えていて、すべて自分で管理するプレッシャーに押しつぶされていきました。
勇気を出して相談しようと話しかけても、夫はスマホゲームに夢中で、顔も上げずに気のない返事をしてきます。
私はその一瞬で、言うのをやめてしまうのです。

日々たくさんの違和感を感じていましたが、それを伝えることはできず、自分の気持ちを飲み込んでいきました。
本当は苦しいけど言えない、我慢するしかない――いつの間にか、そんな不自由な生活になっていたのです。
頭の中は不平不満であふれかえってしまいました。
感情のコントロールがきかなくなり、物に当たってしまうことも何度もありました。
「私ばかり我慢している!不公平だ!!」
・・・。
いったい私は何がしたいのか、あきれてしまいました。
良い人生を歩みたいから、心理学を勉強したり、結婚して家庭を持ったはずです。
それなのに、気づけばまた怒りに振りまわされて、そんな自分に落ち込んで、「こんな性格の私なんて、誰ともかかわらないほうがマシ。」と自己否定を繰り返しているのです。
このまま目立たないように生きて、あとは心臓が止まるのを待つだけ。
幸せで楽しい人生なんて私には無理、諦めるしかないと思いました。
限界だった私に
新しいヒントをくれたカウンセリング
どんなに自分を否定しても、どんなに諦めようと決心しても、それでもやっぱり、「せっかくの命を無駄にしたくない」と、胸の奥に小さな望みがありました。
私は思い切ってカウンセリングに行ってみました。
今の気持ち、自分の嫌なところ、直したいと思っても直せないこと・・
私は涙をボロボロ流しながら一生懸命話しました。
こんなふうに自分の気持ちを吐き出せたのは初めてでした。
うまく話せなくても、私に耳を傾け続けてくれる、穏やかな時間でした。
そしてカウンセラーさんから教わったことは、
「自分に謝る」ということでした。
帰りの電車の中で、教わった言葉を繰り返してみます。
「つらいのは自分なのに、自分が謝るの?」なんだか府に落ちません。
けれど、この日をきっかけに、今まで感じたことのない感覚に少しづつ意識を向けていきました。
孤独な世界に閉じこもっている私を
助け出したい

それから私は、自分の中の内なる子供(インナーチャイルド)に向き合うことを始めました。
何度か取り組むうちに、少しずつ幼い頃の自分を感じとっていきます。
小さな女の子が、ひとりで留守番をしています。外は真っ暗です。
声をかけてみましたが、振り向きません。
そっぽを向いたまま、手をギュッとにぎりしめて、物音におびえています。
まぎれもなく、あの頃の私です。
黙っておりこうさんにしているけど、たまらなく不安だった。
「淋しいよ・・。私だけ置いていかないで!」
「あの先生怖い!助けて!」
本当はそう言って泣き叫びたかった・・・!
小さな体でたくさん我慢していた。
不安な気持ちを無かったことにして、ずっと閉じ込めていた。
「今まで知らんぷりして、本当にごめん・・。」
やっと謝ることができました。
私の心と体が、じわじわと温かくなっていくのが分かりました。
「絶対に幸せになれない私」から
「自由に選べる私」へ
あの時、勇気を出してカウンセリングに行ったことが、変化の第一歩でした。
それからあらためて心理学を学ぶ中で、学んだことを受けとめられる「心のゆとり」ができていることに気づきました。
受けとめられるからこそ、より深く、納得しながら進めるようになったのです。
そして、カウンセラーさんと一緒に、新しいことに挑戦し続けられたことで、私は驚くほど変わっていきました。

以前は、環境や他人の言動にイライラしたり傷ついたりして、多くの時間を感情に振りまわされて過ごしていました。
今ではそんな時は、自分の気持ちに気づき、受けとめ、不要な感情は手放していけるようになりました。
夫や身近な人との関係でも、ネガティブな感情が抑えきれず、自己嫌悪におちいり、何をやってもうまく行かない自分を責め続けていました。
今の私は、自分を大切にしながら相手と向き合えるようになったことで、誰かのせいで不幸になることはなくなりました。
私の人生がやっと始まりました。
私の人生は誰に決められるものでもなく、自分の意志で選んでいけるものだったのです。

繊細な気質やトラウマを持っている人が
自分らしく楽しく生きていくために
「まじめな人」「優しい人」が損をしない世の中にしたいと本気で思っています。
そのためには、繊細な気質を持っていたり、何らかの要因で心にフタをせざるを得なかった私たちが、自分らしく楽しく生きていく方法を知ることが大切です。
私のように苦しんでいる人はいませんか?
ひとりで何度も何度も考えて、
つらい思いを抱えたままではないでしょうか。
人それぞれ、いろいろな環境や嫌な経験があります。
でも、それに縛られて、せっかくの自分の人生をつらいままにしていては、もったいないのです。
あなたのペースでかまいません。
うまく話せなくても、どんなささいな悩みでも、まったく問題ありません。
1度、私に話してみてもらえませんか?